止血

橈骨動脈アプローチという 選択肢を将来に残す

ーPatent Hemostasisを目指した止血管理への挑戦ー

心臓病センター榊原病院
高松 幸子 先生

高松 幸子 先生

榊原病院が取り組む、Patent Hemostasisを目指した止血管理とは

心臓病センター榊原病院では、橈骨動脈アプローチで日帰りCAGを行った患者さんに対する止血管理プロトコルを2018年より変更し、Patent Hemostasis(ペイテントヘモスタシス: 血管の開存を維持した止血管理)の実施に挑戦しています。

従来の止血プロトコルは、TRバンドTMに16mLの空気を注入して止血を開始し、帰室後に2mLの空気を抜いて減圧し、そのまま2時間圧迫したのち4mLの空気を抜いて、さらに1時間後に残りの空気を抜いて圧迫解除するというもので、止血完了までに標準で約3時間かかっていました。変更後の止血プロトコルでは、減圧の際に規定量ではなく出血しない限界量まで空気を抜くようにし、減圧間隔も30分ごとと短縮しました(図1)。

なぜこのような止血管理方法の変更を行ったのでしょうか。その背景や新しいプロトコルの有用性について、カテーテル室師長である高松 幸子先生にお伺いしました。

従来のプロトコル ●16mL の空気をTR バンドTMに注入。 ●帰室後2mL の空気を抜く。 ●2時間後に4mL の空気を抜く。 ●さらに1時間後に残りの10mL の空気をすべて抜く。 新しいプロトコル(Patent Hemostasisを目指す) ●16mL の空気をTR バンドTMに注入。 ●帰室後出血しない限界量まで空気を抜く(図2参照)。 ●30分ごとに出血しない限界量まで空気を抜く。 ●中の空気がなくなるまで繰り返す。

図1 止血管理プロトコルの変更点

Q

止血プロトコルの見直しを実施した経緯は?

A

糖尿病内科医師の指摘がきっかけ。長い止血時間に課題意識もありました。

糖尿病内科の医師から「検脈の時に脈を触知できない患者さんにしばしば遭遇する。橈骨動脈アプローチで行ったカテーテル手技の後に血管が閉塞してしまっていないか」と指摘されたことがきっかけでした。そこで、CAG歴のある患者さんが外来受診した際に、検脈でRAO(Radial artery occlusion: 橈骨動脈閉塞) 発生の有無を調べることを徹底するよう医師の先生方にお願いし、RAO発生率を把握するよう努めました。

また、私自身、従来の止血プロトコルでは止血のために看護師が長時間拘束されることを課題に感じていました。カテーテル室師長である立場として、もっと看護師の人的リソースを有効活用したいという気持ちがありました。

そんな中、RAO発生率低減や止血時間短縮を目指して止血プロトコルを変更した、はくほう会セントラル病院のお話を伺い、Patent Hemostasisを目指した止血プロトコルを当院でも導入することにしました。

Q

止血プロトコルの具体的な変更点は?

A

減圧時の空気抜去量と、
減圧間隔を変更しました。

RAOリスク低減のためには、止血中も橈骨動脈の血流を維持するために、①必要最低限の圧迫力にすること、②圧迫時間をなるべく短くすること、の2点が大切だと言われています。そこで、従来は減圧する際、どの患者さんに対しても規定量の空気を抜いていましたが、新しいプロトコルでは「出血しない限界量まで空気を抜く」という方法に変更しました。また、減圧間隔については、従来は帰室後2時間は減圧をしませんでしたが、現在は30分ごとに減圧するようにしました。

透明なTR バンドTMを通して穿刺部を観察し、ゆっくり空気を抜いていきます。橈骨動脈の拍動が感じられたら減圧を停止することで、出血しない限界量まで空気を抜くようにしています。

図2 Patent Hemostasisを目指した止血管理

Q

「出血しない限界量まで空気を抜く」ように変更することについて、現場の看護師からの反対はありましたか?

A

不安に思う看護師もいたため、しっかり付き添い指導するようにしました。

減圧に不安がある看護師には私が付き添い「徐々に空気を抜き、拍動が感じられたところで減圧を止めれば、必要最低限の圧迫力で止血ができること」を伝え続けました。また、減圧直後は出血していなくても、患者さんが少し手を動かした際に出血することがあったので、減圧後は少しの間患者さんのもとにとどまり、出血がないことを確認してから離れるように指導しました。

この2つを徹底して、「新しいプロトコルでも安全に止血できる」という実績を重ねることで、プロトコル変更に伴う現場の不安を乗り越えていきました。

Q

「30分ごとの減圧」に現場の看護師からの反対はありましたか?

A

定着までは苦労しましたが、患者さんは喜んでくれました。

看護師は止血デバイスの減圧以外にも看護のために患者さんのもとへ行く必要があるため、従来も頻繁に訪床していましたが、それでも減圧間隔を短くすることに抵抗の声はありました。看護師たちが慣れるまで、タイマーをセットして知らせるようにしていました。

負担に感じる看護師もいるかもしれませんが、私は減圧間隔を短縮するのは良いことだと考えます。何より患者さんが喜んでくれるからです。TRバンドTMを使っていても、中の空気量が多ければ相当な圧迫力が感じられるので、患者さんは早く減圧してもらえるPatent Hemostasisを目指した止血プロトコルへの変更を歓迎してくれました。

Benefits

Q

止血プロトコル変更による臨床的メリットはありましたか?

A

結果としてRAO発生率が低減し、止血時間も短縮しました。

当院において、2018年の止血プロトコル変更前後でRAO発生率と止血時間を比較する研究を実施し、2022年に論文報告しました。結果として、新プロトコル群(Patent Hemostasisを目指した止血管理を実施した群)において、従来プロトコル群と比較してRAO発生率が有意に減少し、平均止血時間も従来プロトコル群の約1/3まで有意に短縮されていました1)。

止血プロトコルの変更前後におけるRAO発生率と止血時間の比較

図3 止血プロトコルの変更前後におけるRAO発生率と止血時間の比較

Q

看護師の皆さんにとってメリットはありましたか?

A

止血時間が短縮され、業務効率や精神面にプラスの影響がありました。

止血のための拘束時間が短縮された結果、看護師は他の業務を担えるようになり、精神的な余裕も生まれました。

私自身が抱いていた「止血時間の短縮により人的リソースを有効活用できるのではないか」という仮説を立証できたことは、大きな意義があったと感じています。

Q

Patent Hemostasisを目指した止血管理は、心臓病センターの専門性の高い看護師でなければ実現は難しいのではないでしょうか?

A

ポイントを守れば他施設でも可能だと思います。

Patent Hemostasisを目指した止血管理を実施するうえで重要なポイントは、

  1. ① ゆっくり空気を抜くこと
  2. ② 抜いた後しばらくそこにとどまり、患者さんが手を動かしても血が出ないことを確認してから離れること
  3. ③ 出血時の対応を決めておくこと

の3点です。これらのポイントを守っていただければ、他施設でも安全に実施できるのではないかと考えています。

Q

貴院では従来プロトコルと新プロトコルが並存していると伺いました。混乱はありませんか?

A

当院では看護師の体制を分けているため、混乱なく実施可能でした。

当院では、日帰り患者さんの止血管理は私のチームの看護師が行います。そのため指導をスムーズに行うことができ、混乱もなくプロトコルの変更が可能でした。

一方で、入院患者さんの止血管理をする場合は病棟看護師が携わります。病棟看護師全員への指導は困難であることに加え、クリニカルパスを変更する必要が生じてしまうことから、入院患者さんの場合は従来のプロトコルを継続しています。

当院のように看護師の体制が分かれている場合は新しいプロトコルと従来のプロトコルを並存させることができますが、同じ看護師があらゆる患者さんの止血管理に携わる体制の施設では、止血プロトコルを一斉に切り替えないと混乱が生じる可能性があると考えます。

Q

CAG患者さんのみに限定してでも、Patent Hemostasisの実施を勧めたいですか?

A

RAOリスク低減と業務負荷軽減の2つの観点から勧めたいと考えます。

はい、勧めたいです。Patent Hemostasisの実施によりRAOを予防できれば、その後の患者さんの治療の選択肢をより広く確保できると考えます。

近年ではRAO発生リスク低減の別の策として、遠位橈骨動脈アプローチも提唱されていますが、こちらは一般的に普及している穿刺箇所と異なるため、穿刺に慣れる必要があるほか使用できるデバイスが限られる可能性があります。

そのため、現在のゴールデンスタンダードである橈骨動脈アプローチの成績がより良いものになるよう、Patent Hemostasisの実施を検討していただければと思います。止血時間の短縮による看護師の業務負荷軽減も、大きなメリットだと考えます。

Q

最後に他施設の看護師の皆さんにメッセージをお願いします。

A

リピートでカテーテル手技を受ける患者さんに橈骨動脈アプローチの選択肢を残せるよう、看護師ができることをご検討いただけたら。

橈骨動脈が閉塞してしまい、上腕動脈アプローチをせざるを得ない場合のデメリットとして、止血がうまくいかなかったり、患者さんの圧迫止血中の負担が増えたりすることが考えられるかと思います。私はこういった理由から、RAO発生リスクの低い止血プロトコルによってできるだけ橈骨動脈を温存し、上腕動脈アプローチへの移行を防ぎたいと考えています。

少なくはなっているものの、リピートでカテーテル手技を受ける患者さんはいらっしゃいます。その際にまた橈骨動脈アプローチを選択できるよう、ぜひ止血方法の見直しを検討していただければと思います。

Reference:

  1. 1)

    Takamatsu S et al. Cardiovasc Interv Ther. 2023;38(2):202-209.

著者はテルモ株式会社より原稿執筆料・監修料等を受領しています

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